儚くとも個として生きるもの

もし明日死ぬとしたら、

好きな人と二人きり、遺跡のある広場ではしゃぎまわりたい。
思い出を語り、いよいよ最後の時にはお互い笑顔でお礼を言ってお別れをしたい。
プライドやあらゆる束縛に囚われなかった心を誇り、
ただ生命としての真っ直ぐさを忘れなかったことに満足する。

そのような生き方があるとしたら、それが出来るのは僕と君だけだと思う。
と書いてみたのは良いものの、肝心の相手がいないではないか。
まずはそれからという事はわかってはいるが、生命としての真っ直ぐさについて少し考えたい。


わたしは野放しされた雑草、草花にそれを感じる。

太陽に向かい愚直に伸び、種として生き延びるため、様々な形に進化した。

今日も明日もその姿勢は変わらない。

そう、彼らにとってそれは不変なのだ。

不変的な生き方を得ているという事なのだ。
人間は未熟な形で産まれ、生き延びるために様々な事を学び

同じ種族で競争しているうちに、真っ直ぐさを失ってしまう。

不変的な生き方はおおよそ存在せず、集団社会の中で自分を守る事が重要になり個として生きる意味を忘れてしまうのだ。
それを人生とするか否かはそれぞれ考えがあるだろうけど、

わたしは儚くとも個として存在するものに魅了されてしまうのだ。

個としての、わたしの不変な生き方と太陽を引き出しの中から探し出さなきゃな。

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