近所のおばちゃんの思い出

その日私はいつものレストランでお粥を食べ考えにふけっていた。

 

日本にいた時、なんとなくプライベートで人と会う事を避けていた。

しかしインドネシアにいる今、言葉もろくに話せないのに新しい人によく会う。

なぜだろう?

 

お腹を壊しお粥ばかり食べているから性格が変わったのだろうか?

いや、お粥にそんな効能があるのなら世界はもっと優しい場所のはずだ。

平和賞はお粥賞にいずれ名前を変えるだろう。

ではなぜか?

 

私の脳裏にひとつの記憶が浮かんだ。

子供の頃、よくお菓子をくれた近所のおばちゃんだ。

 

そのおばちゃんはいつも笑顔で優しかったが、ずっと遊んでくれたわけではなかった。

しかし、いつでも家に来るのはウェルカムで自由に過ごさせてくれた。

それが子供の私にとっては優しい家族が増えたような感覚だったのだ。

これだな、この感覚が近いな。

 

何かをしたいとか、何かを一緒にするとか目的は置いといて、まあ来てみて、くつろいで的な感覚。

 

私は13年前、一応、目的があって上京したから、東京にいる時は何となく過ごす事が無駄な事だと思っていたなぁ。

でも、いまやはるか先、数千キロの場所にいるわけで言葉も土地もよく分からない子供みたいなものだ。

 

私には近所の優しいおばちゃんみたいな人が必要なんだな。

【サボテン物語】4. それでも新世界は愛(かな)しいか

自分の世界を取り戻し始めた彼だったが、その世界には以前と同じような輝きがあったわけではなかった。明らかにサボテンと彼の間には以前より距離があった。

その距離とは、彼が経験した世の中への失望そのものだったが、それを埋める事を彼はしなかった。

 

「僕は盲目的にサボテンを愛することができなかった。自分さえ信じる事が出来なかった。僕は自分を素晴らしい人間だと思っていたが、全くそうではなかった。大切なものを簡単に見限ってしまうような浅はかで薄っぺらい人間だった。しかし、僕にはまだこれからも新しい世界を生きる事が許された。」

 

窓際の席、彼が静かに息を吸い込んだ時、彼の庭に置き去りにされていた最後のサボテンの命が終わりを告げたのだった。

【サボテン物語】3. 生きろ

「生きなければ、でもどうやって..?」彼はいつもその事を考えるようになった。

積み重なる日々は彼に何も与えてくれなかった。いや正確には、彼が自分が欲しい物を否定していたのだった。

 

書店に足を運び、「希望が開ける本」や「あなたは大丈夫」的な類の本を読んだが、そこには当然サボテンに対する記述はなく著者は何も分かっていないと彼は思った。

 

「僕にはサボテンより素晴らしく、皆から愛される何かが必要なのに誰もその事に触れていない。考え方を変えたところで、現実は変わらない。」

 

彼には時間が必要だったのだ。

 

一年が経ち一通り周囲の世の中を諦めた彼はなぜ世の中のすべての人がサボテンを必要としないか考えていた。それは同時に、なぜ彼が自然と惹かれていたのか考えるきっかけになった。

 

答えはシンプルだった、彼にとってサボテンは「生きる」事を象徴する存在だったのだ。

身を守り空気中から水を吸収する針、寒冷に強く砂漠でも生きていける姿に彼は自然に惹かれていたのだった。

 

「なんだ、こんな事だったのか…。きっと植物を愛する人は気づいていないくても同じように感じているんだろう。人間は特権的な立場で自分たち中心の世界を作っていくが、より自然的な何かに触れていないと途端に道を踏み外してしまう存在ではないだろうか?」

そう考え出してから、彼の世界は少しずつ明るくなった。

 

彼は自分の世界を取り戻し始めたのである。

【サボテン物語】2. 愛した物から遠ざかる日々

サボテンを育てるのをやめ、すっかり暗くなった彼から周囲の女性は離れていった。

いつも冗談を言い合っていた男友達さえ彼は避けるようになり一人でいる時間が増えた。

声をかける人もしだいに減り、新しく知り合った人は彼を少し暗い無口な人だと思った。

窓際の隅の席に半年前とは別人の彼がいた。

 

「僕はおかしな物が好きで、誰もそれを好きではなかった、僕が好きなものは全然価値のあるものではなかった。でもなぜ..」

彼は孤独の淵で自信を無くしたまま混乱していた。

 

「僕は、もうサボテンにも灰色の世界にも興味がない、そして未来はただ憂鬱な時間だけが残されているのだ。こんな時間を生きるのが人間なのだろうか?世の中は、他の大勢の人はそれで満たされているのだろうか。」

彼は何かを訴えたかったが、それが何なのかわからなかった。

教えてくれる人は誰もいなかった。

 

一つだけ確かな事を前に彼はもがいていた、それは「生きなければ」という事だった。

 

 

【サボテン物語】1. サボテン好きのイケメンは、いつか悲しみに暮れるだろうか

 そのイケメンはとても人気で女性からのアプローチも絶えない為、自分は素晴らしい人間だと思っていたのだ。

 

趣味はサボテンの栽培で、毎日緑を眺めてはニコニコとしていた。

 

そのイケメンは自分に好意を寄せる人たちは皆、自分が好きなものを好いてくれると思っていたのだ。

 

しかし、ある日それは間違いだと気づく。誰も彼のサボテンを好いてはくれなかったのだった。

 

イケメンは困惑し周囲の人や世の中に失望した。自分を理解してくれている人はいなかったのだと知ってしまった。

 

その日から彼の表情は暗くなり、サボテンを育てることもいつしかやめてしまった。

つづく

時間は積み重ね無くとも積もって行く

 一昨日くらいから、うだうだっと考えているテーマ。

日々の積み重ねって言葉を聞いて、毎日こつこつポジティブな何かを積み重ねる意味だと考えていたけど、この事は当然悪い事にも当てはまるわけで。

もっと言うと、結局、良かろうが悪かろうが何かは積み重なって行く。

何もしなければ何もしないで心には真空状態が積み重なり、最後には「私はいったい何者なんだ」と言い出す。

 

要は積み重ねる物事を自分で選択しなければ、自分がどうなるのかわからないと言う事だ。

これは環境にも大きく左右される、「今日から私は恐竜を育てるのだ」と言っても何も始まらないと同じで、自分の周囲にあるもの、手に入るもので良きものを積み重ねなければならない。

言葉の通じない外国で、漢字検定を学ぼうとするタフな人はそういないだろう。

 

「良き物事」を積み重ねる。

良き考えを学ぶ、良き行動をする。

答えられる人になる、その為に新しい事を知る、探求する。

 

そんな事を考えていると、その場所で最大限に生きている植物達は偉大だと思うのだ。

 

 

たった数日の孤独に心は曇ってしまうのだ

  今いる場所が突然雲に覆われてしまったような気持ちになる。たった数日の孤独に心は曇ってしまう。

ここが外国だからなのか、たったいま振り出しに戻ってしまったような虚しさを感じる事がある。

日本で言う信頼などと呼べるものはほとんど存在しない。

 

そして言葉が通じない場所では、自分のアイデンティティなどどんどん薄くなっていってしまう。

 

いつまでも大人になっても所詮そのような、短い記憶に影響を受けてしまう存在なのだから、いつも何かを積み上げるしかないのだろう。

 

足元に積み上げて、雲を抜けて行くしかないのだろう。